第40代理事長 前司 昭博

2019年度スローガン
CHALLENGE!!

理事長所信


【浪江青年会議所 創立宣言文】
「我々情熱あふれる北双の青年は、互いに品性の向上に努め、自己啓発と地域社会の産業・文化の発展をはかり、常に知性と勇気をもって隣人の幸福と平和と友情とを願い明るく豊かな故郷を築くために行動することを誓う。」
ここに浪江青年会議所の創立を宣言する。
1980年 4月24日

【はじめに】
我々は、偶然でこの地域に生まれ育ち、現在、生業を通し生活して地域の一部となっています。そんな地域を我々は故郷と呼んでいます。その故郷は東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、東日本大震災)から復旧・復興へ向け、着実に進んでいますが、8年の月日を経ても、今もなお道半ばであります。この8年間我々は何を思い行動してきたでしょう。復旧・復興へ向けてひたすら走り続ける人、歯を食いしばって違う地域で立ち上がった人、子どもが成長するまでは避難先にいると決めた人と様々であります。しかし、誰もが故郷の繋がりを大切にしており、故郷の希望ある未来を願っています。だからこそ浪江青年会議所は故郷の誇りを持って標葉地域(=北双地域「浪江町、双葉町、大熊町、葛尾村」)の明るい豊かな社会の実現へ誠意邁進しなければなりません。

【40年の歴史、先輩諸兄への感謝と次代への誓い】
 1950年代から1970年代の高度経済成長期を終え、1980年代はバブル期に入り混沌とした時代、標葉地域の明るい豊かな社会を築くために、青年会議所(以下、JC)が必要とされ浪江青年会議所は1980年に設立されました。当時、標葉地域の人口は約4万2千人(浪江町2万3千人、双葉町8千人、大熊町9千人、葛尾村2千人)で、2011年3月11日の東日本大震災・東京電力福島第一原子力発電所事故(以下、東日本大震災)で、約4万人(浪江町2万1千人、双葉町7千人、大熊町1万1千人、葛尾村1千人)2018年現在、約3万4千人(浪江町1万7千人、双葉町6千人、大熊町1万人、葛尾村1千人)となっていて、東日本大震災後からの長期的な強制避難や人口流出、自然人口減少により、地域経済縮小へと進んでいます。現在まで脈々と創始の志は受け継がれ、未曽有の東日本大震災でも負けずに立ち上がり、地域のためにJC活動・運動を邁進していますが、標葉エリアが一部解除した今こそ、浪江青年会議所の力が求められています。創始の志から新たな力を創造し、先輩諸氏への尊敬と地域の可能性から明るい豊かな社会実現を決意することで、浪江青年会議所の未来を描くことができます。創立からの歴史を振り返り30周年からの10年を検証すると共に震災後、困難な状況でありながらJC活動・運動を行った軌跡を辿り、東日本大震災から10年に当たる2022年までの3年間の持続可能なビジョンを描き、挑戦を誓おう。

【故郷を次代へ】
 標葉地域は1159年に誕生し、東に太平洋、西に阿武隈山脈と自然豊かな場所で、気候も温暖であります。また、雪の降らない気候であり、一年中通して過ごしやすいのが魅力であります。豊富な資源から一次産業である漁業、農業、林業が発達し、地域は発展してきました。1890年代にはJR常磐線が開通、一次産業が主であり、高度成長期には若者が都会へでることを多くなり、1971年に、大熊町に建設された原子力発電所が運転を開始し、地元企業の雇用が増えました。また、浪江町の請戸漁港に漁船が増えたことにより、1968年に第3種漁港に指定され、漁業の発展を行いました。昭和から平成に時代は変わり、2015年に東日本大震災の影響もありましたが、常磐自動車道が開通され、地域は発展するとともに脈々と多くの歴史と伝統や文化が続いています。長い歴史の中で、先人達から伝承されているのは、浪江町の相馬野馬追いや大堀相馬焼、裸参り、双葉町はダルマ市、大熊町は梨やキウイ、葛尾村は凍み餅であります。また、平成では標葉せんだん太鼓やなみえ焼そばがブランド化され、地域のたからとなっています。受け継いできたものは、この地域のたからであり、アイデンティティーであります。幼少期に覚えたことは大人になっても記憶に残り、忘れません。地域のたからを子ども達へ伝えることが、継承となります。地域の次代を担う多くのこども達へ故郷を繋ごう。

【東日本大震災前以上の組織】
 JCとは青年の学び舎であります。浪江青年会議所は東日本大震災前に36名の多様なメンバーを有し、様々なJC活動・運動を行っていました。東日本大震災発災後から強制避難と事業存続が問題でメンバーが減り続けていて、現在は25名となっています。地域が一部避難解除され復興期に入り、東日本大震災以前より地域から必要とされているのに対し、人材不足でこれからの5年後、10年後の未来が見えない状況であり、東日本大震災前の人数よりメンバーが必要であります。JCの目的やLOMの歴史を知り、地域の青年経済人へ伝播することで、新しい人材が発掘されます。多くの地域の青年経済人に成長、発展の機会を提供し、仲間を増やすことで、組織の未来を描け、力強い組織となります。より大きくJC活動・運動を起こし、地域に必要とされるJAYCEEとなろう。

【地域を守り未来を描ける人材の育成】
 明るい豊かな社会を実現するには、メンバー一人ひとりが未来を見据え、有事の際に地域を守れることができると共に地域の可能性を描ける人材とならなくてはいけません。地域を守り、可能性を描くことのできる人材とは、地域で災害が発生する可能性がある場合に、知識を持って正しく判断し、地域住民に被害が出ないように、リーダーシップを発揮できる人材であり、現在の地域を町村レベルでなく、多様な視点を持って郡レベルで捉えて新たな未来を創造できる人材です。我々には常に様々なことに危機感を持って取り組まなければならない使命があり、生き抜く力が求められています。正しい知識を持って、自分や家族の身の回りの人々だけでなく、地域住民への被害を最小限にできるようにし、地域の防災・減災意識を向上させることが大切であります。また、自分たちの地域を我が町の視点でなく、大きな視点を持って新たな可能性を創造し未来を描くことは、地域の担い手である青年世代の役目であります。地域と子ども達の未来を守れる人材となろう。

【品格ある設営と最大の発信】
 通年の行事は円滑に行われなければならなく、JC活動・運動は対内外に発信しなければなりません。通年開催される行事は、多くの先輩諸氏や来賓を招いて行うにあたり、厳粛かつ円滑に行うことが必要であり、情報の発信がなければLOMの認知度は上がらず下がり続けます。通年開催される行事を設えるにあたり、早期の案内や入念なリハーサルを行うことで、誰もが満足する事業となり、広報は効果的にJC活動・運動を対内外に発信することで、LOMの認知度向上や欠席者フォローとなります。浪江青年会議所として気高さと上品さを保ち、軌跡を発信しよう。

【盤石な組織体制の構築】
 LOMの会議や活動・運動を行うためには盤石な組織体制が必要であります。盤石な組織体制がなければ、報告・連絡・相談もスムーズに行われなく、LOM全体のモチベーションが下がり、運営に支障をきたします。告知や取り纏めはスピード感を持って行ない、分かりやすい資料作成や行程の説明を行うことで参加しやすい環境が生まれます。活動しやすい環境を整えることで、LOM全体のモチベーションを高め、メンバー一人ひとりがJC活動・運動に積極的になります。LOMが一枚岩となってJC活動・運動に邁進しよう。

【地域に頼られる強い団体】
 我々の地域は、東日本大震災から約4万人は、避難を余儀なくされ、故郷に帰れない状況になりましたが、国による除染が進み、2016年6月に葛尾村、2017年3月に浪江町の一部が避難解除となり、2019年春には大熊町の一部、残りの双葉町と各町村の帰還困難区域は2022年以降に避難解除する予定となっています。避難状況は県内へ約2万人、県外へ約1万人となっており、葛尾村と浪江町の帰還者は1千人に満たないですが、小中学校の再開やコンビニ、ガソリンスタンドや飲食店の再開などがあり、復旧、復興へは道半ばであります。今、JCがある時代は終わり、近年では多くの地域団体が生まれ、JCもある時代になったと言われています。しかし、我々の地域は焼け野原で戦後間もない、日本の青年会議所が生まれた時代に通ずるものがあります。地域で青年会議所が先頭に立ち、地域と協力体制を構築し、共に活動をすることで、地域のリーダーとして頼られることになります。地域に必要とされる強いJCとなろう。

【恩返しと恩送り】
2011年3月11日14時46分、東日本大震災が発災し、我々の地域は震度6弱で古い建物が倒壊し、15時30分過ぎには10メートル以上の大津波が沿岸部に押し寄せました。福島第一原子力発電所は大津波により、全電源を喪失し、原子炉を冷却できなくなり、20時過ぎに約2km圏内の双葉町、大熊町から退避指示が始まり、3月12日からは浪江町、葛尾村と避難指示がでましたが、12日の14時30分には放射能が放出され、15時36分には1号機が水素爆発を起こし、汚染と被ばくする結果になりました。被害(2018年福島県発表)は標葉地域全体で、直接死180名、震災関連死735名、住宅全壊936戸となっています。過去にない未曽有の東日本大震災発災直後から、被災した我々は多くの方に支援を頂き、現在に至っています。また、災害大国日本、青年会議所は災害支援ネットワークを持ち、日本だけでなく世界各地への災害支援を行っています。我々の地域は復興半ばでありますが、被災した人間として、支援して頂いた多くの皆様に恩返しとして元気な姿を発信するだけでなく、他の被災地にも心を寄せ、様々な形で被災された方の悲しみが和らぐよう、恩送りをしよう。

【未曽有の震災での絆】
 2012年に1995年の阪神淡路大震災で被災し、復興を遂げた兵庫県西宮市(震度7、直接死1,146名、住宅全壊34,136戸)の一般社団法人西宮青年会議所(以下、西宮青年会議所)と国内姉妹締結をしました。同じく大震災を体験した西宮青年会議所が浪江青年会議所に心を寄せたことがきっかけでありました。国内姉妹締結後、互いの地域を行き来し、青少年育成事業や交流事業を共同で行い友情を深め合っています。2018年には阪神淡路大震災初の花火大会を開催するなど復興へ進む先輩として大きな力を感じることができました。この友情を未来へ繋いでいこう。この友情を深め、未来へ向かって、刺激し高め合いながら切磋琢磨することで、お互いの成長としよう。

【地域を外から見る視点】
 出向とは、地域外のメンバーとの出会いと、自己修練の場であります。我々の地域は自分たちの力だけでは復興できません。人は人によって磨かれることで急激に成長していきます。他の地域に行き、見た事のない街づくりや伝統文化を知り、生まれ育った環境の全く違う人と出会うことで、多様な視点が生まれます。また、日本青年会議所や東北地区協議会、福島ブロック協議会とLOMとのスケールとは違う組織でJC活動・運動を行うことは、多くの学びを得ることができ自己研鑽となります。積極的に機会を得て、友情を育み自己成長へと繋げ、地域の復旧、復興の力としよう。

【持続可能な開発目標(SDGs)】
 国連にて、「我ら共有の未来」を基に持続可能な開発目標(SDGs)が掲げられ、グローバル化による極端な貧困や経済的な格差の国際問題から、だれ一人取り残さない社会の実現に向けた行動を、我々は青年経済人として取り組んでいかなければなりません。経済、社会、環境など世界規模の問題や地域の少子高齢化と首都圏への若者流出、避難の長期化に伴い、帰還率が上がらないことがあります。地域の未来を担う青年として、国連の掲げるSDGsへの理解を深め、地域の問題解決のための持続可能な開発に取り組み、グローバルな視点とパートナーシップを持って挑戦することが今の時代を生きる青年に求められています。地域の持続可能な開発を行って、我々の世界を変革しよう。

【結びに】
 東日本大震災から、復旧・復興し、明るい豊かな標葉地域にします。我々の地域は様々な問題に直面していますが、決して東日本大震災に負けていません。地域の未来を描くためには、青年として何事にも挑戦することが大事であります。未来は誰かに創ってもらうのではなく、我々が創るという気概と覚悟をもって主体的に行動することが、地域の人々の意識を変え、社会が変わると信じています。戦後1949年、最初に日本に設立された東京青年会議所の設立趣意書に「新日本の再建は我々青年の仕事である。」とあります。まさに我々の地域は戦後の焼け野原からの復興と重なります。

危機感を持って今、ここに宣言する。
「標葉地域の再建は我々青年の仕事である。」
明るい豊かな標葉地域のために。

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