第39代理事長 佐々木 公一

2018年度スローガン
独立自尊 ~新たなる可能性と希望を信じて~

理事長所信


2011年3月11日に発災した東日本大震災及び福島第一原子力発電所の事故(以下、「大震災」という)によりお亡くなりになられた方々に対しまして心から哀悼の意を表します。
また、創立から39年という長きにわたり今日に至るまで、地域はもとより全国各地の皆様、関係諸団体の皆様からご支援ご協力をいただいておりますこと、改めて心より御礼申し上げます。

【2018年度スローガン】
独立自尊 ~新たなる可能性と希望を信じて~

[はじめに]
今から69年前、戦後混沌とした時代の中、志高い青年たちにより日本をもう一度立ち直らせ、世界と対等に渡り合える国にしようと理想を掲げ、日本に青年会議所運動の灯がともったのだ。それから32年後、私たちの活動エリアでもある浪江町、双葉町、大熊町、葛尾村(以下、「標葉地域」という)にも郷土愛溢れる同じ志を持った青年たちが立ち上がり、青年会議所運動のはじまりを迎えたのだ。
大震災より7年目を迎えようとしているが、現在もなお標葉地域の一部では避難指示が継続しているうえ、生活再建への判断がなかなかつかない方々もおり、標葉地域と住民は未だ困難な状況におかれている。しかし、暗い話題ばかりではなく、2016年6月12日に葛尾村の一部、2017年3月31日には浪江町の一部で避難指示が解除され、これまで以上に倒壊した建物や瓦礫の撤去作業、除染作業が進み、震災以降制限されていた家屋の修繕や掃除が自由に行えるようになり、国から制限されていた“故郷で暮らす”という当たり前のことが可能となったのだ。さらに、双葉町では帰還困難区域内に復興拠点を整備し、2022年の春までには避難指示解除を目指す動きや、大熊町に至っては大川原地区を復興拠点とする動きなど、明るい話題が見受けられるようになり、故郷は日を追うごとに整備され、復興・再生への力強い大きな一歩を踏み出し始めたのだ。一方で住民自ら行う地域での活動は、まだまだ大震災前の状況には戻っていないのが現状である。今こそ、「明るい豊かな社会の実現」を創造する私たち青年会議所が必要だと確信している。地域にイノベーションをもたらすのは、若者、馬鹿者、よそ者というように、困難な状況だからこそ多様性を高め、互いを理解する価値観を共有し、何事にも果敢に挑戦する気概と覚悟を持った私たちが求められているのである。
私たちは、次世代の子供たちにどう故郷を残し、後世へとつないでいくかを真剣に議論しなければならない。そして、揺るぎない信念と情熱を持って行動を起こし、周囲を巻き込みながら夢と希望溢れる標葉地域の実現をすると心に決め、歩み続けていく。

【地域再生へのチャレンジ】
私たちの住まう標葉地域は、春には各所で桜やつつじ、梨の花が咲き誇り、夏になれば日本の水浴場88選にも選ばれている双葉海水浴場で海水浴客たちが賑わい、秋になると鮭が遡上し、各地で開かれるお祭りなどに観光客が詰め寄せ、冬は大漁を祈る安波祭や無火災を祈る裸参り、だるま市などで地域住民たちの心を癒し、コミュニティを育んでいた。気候は、東に青く光り輝く太平洋があり、西には阿武隈山系の壮大な自然に囲まれ、沖合を流れる暖流(黒潮)からもたらされる浜風により夏場は涼しく、冬場は晴れ間が多く積雪は少ない温暖で恵まれた地域である。また、300年以上続く伝統的工芸品の大堀相馬焼や一千有余年続く国の重要無形民俗文化財に指定されている相馬野馬追、じゃんがら念仏踊りや三匹獅子舞など古き良き伝統を誇れる文化や芸能もあり、阿武隈山系の恩恵から織り成す水源が豊富で、水質も良く、米や地元の酒蔵で作られる地酒も自慢である。さらには、水産資源も豊富で、河川には鮭の簗場があり、近海ではヒラメやカレイ、ホッキ貝なども水揚げされ、小女子などの加工品が特産品として地域内外の方々に認知されていた。これらは先人たちが自然を慈しみ、繁栄を願い、苦労を重ねて築いてきた地域の宝である。1970年代には新たな産業の一つとして原子力発電所を誘致し、日本で有数となる電源立地地域となり、安心安全を前提に歩みを進めてきたのである。しかし、2011年3月11日の大震災により原発の安全神話が崩れ、私たちの故郷は一変しまったのである。それから7年という月日が流れ、現在では全国各地からの様々なご支援とご協力により、除染や復興作業が少しずつ進み、町や村の一部避難指示が解除するまでとなったのだ。また、放射性廃棄物の中間貯蔵施設の整備も進み、荒廃しかけた街並みは整備され、復興・再生への次なるステップを踏み出す局面を迎えている。
大震災以降、私たちに求められるものは非常に多様化している。それらが変化するスピードは著しく早く、時代に則した運動を展開して行かなければ故郷の復興・再生への足かせとなってしまうのだ。そのためには、基盤づくりをしっかりと行いながら、私たちの活動拠点でもある事務局での諸会議、避難指示が解除された地域での取り組みや地域資源を活用した運動を展開していかなければならない。同時に、若い世代が考える故郷を議論し構築させ、町や村に提言していくことが重要である。また、標葉地域の復興・再生に向けて、青年世代だからこそできる事業を積極的にチャレンジしていきたい。さらには、自治体や地域の関係諸団体と協力し合い、地域の活性化を図る事業や取り組み等にも参画しながら、10年先、20年先を見据え、共に力強く邁進して行こうではないか。すべては、夢と希望溢れる標葉地域の実現のために。

【楽観力を備える人財育成】
私たちの故郷は国難とも言える甚大な被害を受け、地域の存亡自体も危ぶまれている状況下にある。しかし、歴史を振り返ってみると、あらゆる甚大な被害や困難な状況に置いて、まずは自分自身が自立し、人びとと支え合い、互いに励まし合いながら共に苦難を乗り越え現代の礎を築いてきた。私たち自身にもそういった「自助」と「共助」、そして青年会議所メンバーとしての「公助」の精神が宿っていると確信している。だからこそ、復興・再生には先人に習い、自立した個を基礎として、公に尽くし、ピンチをチャンスへと変える楽観力と自尊心を持った強い人財が必要なのだ。
故郷の復興・再生には時間がかかる。しかし、復興・再生がゴールではなく、さらなる発展へと結びつけていかなければならない。私たちは、復興・再生までの時間を有効的に使い、さらなる発展へと結びつける人財を育成していかなければならないのだ。人は人でしか磨かれない、人から学び、人と共に成長する。私たち青年会議所には、利他の精神を養う「修練」、公に尽くす「奉仕」、修練と奉仕ができれば自然と広がる「友情」という三信条があり、数多くのことを学べる機会があるのだ。人の成長は推し量れるものではなく、無限の可能性を秘めている。可能性を引き出すためにも、当たり前のことを当たり前にできるモラルのある人財になろう。そして、地域の歴史観を兼ね備えた行動力のあるリーダーとなり、目的意識を明確に持ちながら能動的で意気溢れる人財へと成長し、共助と公助の精神を胸に、共に故郷を復興・再生・発展へと導いて行こうではないか。すべては夢と希望溢れる標葉地域の実現のために。

【新たなる希望への会員拡大】
青年会議所という組織は、20歳から40歳までという枠組みから構成されている。どれだけ望んでも、一定年齢を迎えれば卒業しなくてはならないのだ。つまり、経験豊富な人たちが次々と卒業してしまうため、組織力の低下という課題に常に向き合わなければならない。一方で、言い換えれば、新たな芽が育つ可能性を秘めているとも言える。浪江青年会議所の運動と活動は本年で39年目を迎え、設立から今日に至るまで先輩諸氏は数限りない汗と涙を流し、時間を費やしながら地域の発展に貢献してきた。それを受け継いだ私たちにとって、先輩諸氏が紡いできた伝統は決して絶やしてはならないことでもあり、歩み続けて行かなければならない。
青年会議所は仲間と苦楽を共にし、運動と活動を通して、地域や未来ある子供たちのために、学び考え、行動することができると同時に、互いに自己成長ができる素晴らしい団体である。この魅力を一人でも多くの人たちに伝え、発信し、同志を増やしていかなければならない。私たちの行う事業が仮に一つの石というのであれば、地域とその地域に住まう住民は静かな水面(みなも)と言える。その水面に一石を投じることで波紋が広がり、伝播し共鳴が生まれ、青年会議所の魅力が伝わっていくと考える。私たちが投じる一石は決して大きな波紋にならないかもしれない。それでも、地域という水面に波紋を興し大きく共鳴させ、故郷の復興・再生へとつながる同志を増やすことを目指していこう。すべては、夢と希望溢れる標葉地域の実現のために。

【さらなる高みへ ~温故知新~ 】
 私たちの運動に灯がともってから来年で40年を迎えようとしている。約10年前からしてみれば、誰が今のこのような状況を想像できただろうか。生活が変わり、仕事環境が変わり、故郷も一変してしまった。しかし、私たちは生きている。あの大震災を経験してもなお、幸いにも生かされているのだ。生きたくても生きることのできなかった人たちの分まで、私たちは前を向いてしっかりと歩んで行かなければならない。そして、故郷の復興・再生・発展へとつなげ、未来ある子供たちのために故郷を残していかなければならないのだ。
「故きを温ねて新しきを知る~温故知新~」何事も新しいことを始めようとする上で重要なことを思い返させてくれる言葉である。創立から今日まで紡いできた軌跡を、いま一度見つめ直し考え、新たな未来を創造し、周囲を巻き込みながら発展させて行かなければならないのだ。物事には節目があるというように、40周年という機会をチャンスと捉え、メンバー一人ひとりが新たな可能性を見出し、同じ目的を持って、これからの青年会議所運動の方向性を構築していかなければならない。今いるメンバーの約半数は震災以降から入会したメンバーだが、震災前に紡いできた運動や活動を理解し共有しながら復興・再生の歩みを、この機会を通じて地域内外に発信する事は非常に意味があり、大いに有効的なものになり得る。時代は常に動いており、私たちの運動も時代に即した形で展開していかなければならない。同時に、受け継がれてきた思いは決して揺らいではいけない。確固不抜の精神を持って、私たちから新たな歴史を築き、さらなる高みへ歩んで行こうではないか。すべては夢と希望溢れる標葉地域の実現のために。

【未来永劫の絆】
 私たち自身が被災者となり、不安ばかりが募り、LOMの存続すら危ぶまれた中、一筋の光となる申し出をいただいた。大震災で先が見えない厳しい状況の中、手を差し伸べてくれたのは他でもなく、今から23年前に阪神淡路大震災を経験した一般社団法人西宮青年会議所であった。当時、全国各地からいただいた恩を、今度は自分たちから支援して返していきたいという強い想いから勇気をもって行動を起こしてくれたのだ。そこから友好が始まり、2012年に姉妹締結が結ばれた。私は今でもその当時のことがしっかりと脳裏に焼き付いている。これが同じ志を持つ青年会議所である。この想いを決して忘れてはならない。私たちは西宮青年会議所のように故郷を復興・再生へと導き、今度は私たち自身から恩送りをしていかなければならないのだ。友というのは何するでもなく傍にいて、寄り添ってくれているだけで心が休まり、落ち着く。時には叱咤激励や、時には理解し協力さえもしてくれるのだ。私たちは馴れ合いだけではなく、切磋琢磨し合える友がいることに感謝し、何かあれば駆けつけ、共に汗を流し、共に笑い、共に涙し、支え合いながら共に目的を達成していく。私はそんな友好関係を未来永劫続けて行きたい。そして、互いの地域の発展に結びついて欲しいと強く願っている。

【笑顔をつなぐ組織づくり】
私たちは震災で散り散りになりながらも、各地の避難先から事業や例会・諸会議等へ参加するために集まっている状況にある。しかし、青年会議所の運動と活動の歩みを誰一人止めようとはしていない。なぜなら、創立以来、どんな困難な時代も幾度となく乗り越え、新たな変革を起こしながら歴史と伝統を紡いできた証の価値を、メンバー皆が知っているからである。だからこそ、少しでもメンバーが参加しやすい運動と活動しやすい環境づくりを整えていかなければならないのだ。同時に組織運営に対しても現状に即した仕組みを構築していく必要がある。
組織は生き物である。個と個とが集まり、個人では想像できないほどの力を生み、創造力を高め、一人では不可能なものを可能にするものだと信じている。だからこそ、メンバー間の風通しの良さとそれを実現する環境が重要であり、些細なことでも対話を重ね、互いが納得できる良好な関係を築く必要があるのだ。そのためには、意見を共有できるソーシャルネットワーキングサービス(SNS)などを活用し、常に互いの情報を受発信できる環境を構築しながらも、ニーズに合わせた新たな手法をも取り入れる柔軟な対応をしていかなければならない。
 また、広報活動も積極的に行い、マスメディアなどを活用しながら地域の確かな復興への歩みと、青年会議所運動・活動の魅力を余すことなく発信し、感謝の想いを伝えなければならない。私たちの笑顔と行動が、故郷の復興・再生を加速させていく基礎になると確信している。すべては夢と希望溢れる標葉地域のために。

【結びに】
 私たちは、大震災で多くのものを失ってしまった。それは、尊い生命、住み暮らしてきた家屋や生活基盤の仕事、さらには思い出や将来の夢や希望などではないだろうか。しかし、失ったことで得たものや気付かされたことも数多くある。それは、助け合いの精神や思いやりの心、人と人との深い絆、住み暮らしてきた故郷の良さ、そしてこれまで気づかなかった故郷の課題である。

「一身独立して、一国独立する」
私たちの住まう故郷の復興・再生は決して平坦ではなく、長い道のりである。私たち自身から誰かを頼るのではなく、自分たちの意思と行動で故郷の復興・再生へと導く強い気概と覚悟を持ち、示していこうではないか。

人の成長なくして、地域の発展はない。
人の考えなくして、地域の夢は描けない。
人の行動なくして、地域の希望は生まれてこない。

私たちの故郷はまだまだ復興の半ばであるが、困難な状況であるからこそ見えてくるチャンス、そして大震災前よりも発展する可能性を秘めており、希望が溢れているのだ。この事実と真剣に向き合い、己を律して人を育て、仲間を信じ行動を起こす。故郷の復興・再生・発展に向け、果敢に挑戦し共に未来を切り開いて行こう。

すべては、夢と希望溢れる標葉地域、そして未来ある子供たちのために。

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